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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)969号 判決

控訴人(原告・反訴被告) 亡阿部美代子訴訟承継人 阿部ゆかり

右訴訟代理人弁護士 八代紀彦

同 佐伯照道

同 西垣立也

同 山口孝司

同 天野勝介

同 中島健仁

同 森本宏

同 石橋伸子

同 内藤秀文

同 山本健司

同 滝口広子

控訴人(原告・反訴被告) 亡阿部美代子訴訟承継人 阿部吉雄

控訴人(原告・反訴被告) 亡阿部美代子訴訟承継人 阿部伊智子

右両名訴訟代理人弁護士 新原一世

田口公丈

浜口卯一

被控訴人(被告) 兵庫県信用保証協会

右代表者理事 吉田久

右訴訟代理人弁護士 永原憲章

同 藤原正廣

被控訴人(被告) 株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役 奥田正司

右訴訟代理人弁護士 米田実

同 辻武司

同 松川雅典

同 四宮章夫

同 田中等

同 田積司

同 米田秀実

同 阪口彰洋

同 西村義智

同 上甲梯二

被控訴人(被告) 楠博行

右訴訟代理人弁護士 大上政義

被控訴人(被告・反訴原告) 株式会社コミティ(登記簿上の旧商号 小林莫大小株式会社)

右代表者代表清算人 長野元貞

右訴訟代理人弁護士 木村奉明

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、控訴の趣旨

1. 原判決を取り消す。

2. 被控訴人兵庫県信用保証協会(以下「被控訴人保証協会」という)は、控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(一)の登記の抹消登記手続をせよ。

3. 被控訴人株式会社第一勧業銀行(以下「被控訴人第一勧業銀行」という)は、控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(二)の登記の抹消登記手続をせよ。

4. 被控訴人楠博行は、控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(三)の登記の、原判決添付別紙物件目録記載の(三)の不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(四)の登記の、原判決添付別紙物件目録記載の(四)の不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(五)の登記の、各抹消登記手続をせよ。

5. 被控訴人株式会社コミティは、控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の(一)ないし(三)の各不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(六)の登記の、原判決添付別紙物件目録記載の(二)の不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(七)の登記の、原判決添付別紙物件目録記載の(三)の不動産についてなされている原判決添付別紙登記目録記載の(八)及び(九)の各登記の、各抹消登記手続をせよ。

6. 被控訴人株式会社コミティの反訴請求を棄却する。

7. 訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

二、控訴の趣旨に対する被控訴人らの答弁

主文と同旨

第二、当事者の主張

次に付加するほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決一四枚目表六行目の「同被告に対する」の次に「商品売買取引、手形債権、小切手債権に関する」を、同八行目の「本件物件(三)について」の次に「右根抵当権の確定債権の債務不履行を停止条件とする」を、それぞれ加える)。

一、控訴人らの主張

1. 本件においては、阿部寛が昭和六一年九月一日に死亡し、同人の相続人である控訴人ら及び訴外阿部和子は、同年一一月四日に、阿部寛の相続につき限定承認をし、更に、阿部和子の申立により、昭和六一年一一月一一日に、阿部寛の相続財産に対して破産宣告がなされたが、その後、昭和六三年一〇月四日に、阿部寛の母である阿部美代子が死亡し、控訴人らが、代襲相続人として、阿部美代子の相続財産を相続した。

したがって、本件物件については、無権代理行為をした阿部寛の相続人である控訴人らが、阿部寛の相続につき限定承認をし、次いで、無権代理人である阿部寛の相続財産について破産宣告がなされ、その後更に、阿部寛の相続人である控訴人らが、その無権代理行為の本人にあたる阿部美代子を相続(代襲相続)したという関係になる。

2. 限定承認をした相続人は、自己の固有財産をもって被相続人の債務を履行する責任を免れることになるから、無権代理人の相続につき限定承認をした相続人は、無権代理人が、無権代理行為の相手方に対して負担している債務(本件でいえば、本件根抵当権設定等の各契約に基づいて被控訴人らに対して負っている債務)については、被相続人である無権代理人の相続財産を限定とする責任を負うにとどまり、相続人の固有財産をもって履行すべき責任はない。すなわち、本件についていえば、本件物件は、阿部寛の相続開始時には阿部美代子の所有であって、阿部寛の相続財産ではないから、無権代理人である阿部寛の相続財産でない本件物件をもって、阿部寛の右債務を履行すべき責任はなく、また、本件物件を、控訴人らが、後に、阿部美代子の代襲相続人として取得したとしても、それは、阿部寛の相続に関しては、控訴人らの固有財産であるから、やはり、これをもって阿部寛の右債務を履行すべき責任はない。

したがって、阿部寛の相続債務については、本件物件は無関係であるから、阿部寛の相続財産の範囲内で、限定承認による処理を行うべきである。

本件物件が、阿部寛の相続開始時に控訴人らの固有財産に属していなかったとしても、そのことは、阿部寛が本件物件についてした無権代理行為に関し、阿部美代子の代襲相続人である控訴人らが、右無権代理行為の追認を拒絶することが、信義則上許されないとすべき理由にはなり得ない。

したがって、いずれにしても、控訴人らは、阿部寛の無権代理行為について、責任を負うべきものではない。

3. もっとも、最高裁昭和六三年三月一日判決(判例時報一三一二号九二頁)が、無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合においては、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、本人自らが法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものとしているのは、相続人は被相続人の有していた一切の権利義務を当然に承継するので、無権代理人を本人とともに相続した者は、無権代理人の地位と本人の地位とを合わせ持つことにより、あたかも権利義務が同一人に帰属すると混同によって消滅するのと同様に、代理権が欠けている無権代理人の地位と、無権代理行為を追認できる本人の地位とが同一人に帰属することにより、欠けている部分が補われて、無権代理行為が有効になるという考えが根底にあるものと解せられる。

しかし、民法九二五条は、相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなす、と規定しており、右規定の趣旨は、限定承認をした場合にも混同による消滅を認めると、相続債務の責任の範囲を相続財産の範囲に限定しようとする限定承認制度の趣旨に反する結果となるからであるが、右規定の趣旨は、無権代理人の相続人が限定承認をし、その後更に無権代理行為の本人を相続した場合に類推適用され、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずることはなく、相続人は本人の資格で、無権代理行為の追認を拒絶することができると解すべきである。

したがって、本件は、限定承認がなされている点で、右最高裁判決とは事案を異にしており、控訴人らは、阿部寛の無権代理行為について、追認を拒絶できるというべきである。

4. 原審における訴訟承継前の旧原告であった阿部美代子が、本件訴訟を提起したことにより、本件訴状が被控訴人らに送達された昭和六二年七月一〇日の時点で、阿部美代子が、阿部寛の行った本件無権代理行為の追認を拒絶する意思表示をしたことになるところ、追認拒絶権は、本人の追認権を放棄し、無権代理行為をして、本人に効力を生じないことに確定せしめる形成権であるから、本人の追認拒絶の意思表示によって、その無権代理行為は本人につき何ら効力を生じないことが確定し、本人は、以後追認することができなくなり、法律関係が確定する。

したがって、本件においては、右阿部美代子の追認拒絶により、阿部寛の無権代理行為が阿部美代子につき効力を生じないことが確定したものであり、控訴人らは、その地位を承継したもので、阿部美代子から右追認権を相続していないから、本件無権代理行為の追認を問題とする余地はない。

二、控訴人らの主張に対する反論と被控訴人らの主張

1. 被控訴人第一勧業銀行

(一)  控訴人らの主張に対する反論

(1) 控訴人らは、阿部寛の相続人として同人の地位を包括的に承継したものであるから、阿部美代子の資格において、阿部寛のした無権代理行為の追認を拒絶することはできない。

(2) 限定承認制度は、限定承認をした相続人が被相続人の有していた権利や有利な地位などの積極財産のみを相続し、義務や不利な地位などの消極財産は相続しないというものではなく、被相続人の消極財産も相続したうえで、その責任を被相続人の積極財産の範囲に限定するものであるが、控訴人らが、阿部美代子を代襲相続する地位を得たのは、阿部寛の死亡によるものであり、いわば同人についての相続として得たものであるから、本件物件も、阿部寛と無関係にその所有権を取得したものでもなく、同人の死亡によって得たもので、控訴人らの本来の固有財産とはいえず、阿部寛の相続財産に準ずるものとして、阿部寛の債務についての責任財産の範囲に含まれるものとすべきである。

(3) また、代襲相続によって、代襲相続人は、被代襲者が受ける筈であった相続分を取得するものであって、被代襲者が本来相続すべきであった財産を代襲相続するに過ぎず、代襲者は、被代襲者がその被相続人から相続すべきであった財産以上の権利を代襲相続によって取得すべきものではない。

したがって、控訴人らが、代襲相続によって阿部美代子から取得した本件物件は、本来、阿部寛が相続すべき財産を控訴人らが取得したにすぎないものであり、控訴人らの固有財産というよりは、被代襲者の阿部寛が本来相続すべきであった財産を、控訴人らが、阿部寛に代わって相続したと見るべきものである。

(4) したがって、最高裁昭和六三年三月一日判決(判例時報一三一二号九二頁)のとおり、本件の場合も、無権代理人を本人とともに相続した者がその後更に本人を相続した場合として、当該相続人は本人の資格で無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、本人自らが法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずるものとすべきである。

(二)  被控訴人の主張

(1) 千島医師の診療録(甲第一二号証の一、第一五号証の一ないし七)及び原審における千島チエ子の証言によれば、阿部美代子の病状は、「軽度の痴呆という程度であって、しかも、昭和五八年以降昭和六一年までに次第に悪くなってきた。やはり波があって、意思能力がないという状態もあるし、多少回復しているときもあった。」というのであるから、長期間にわたり徐々に悪化したもので、かつ、その病状には波があり、終始心神喪失の常況にあったわけではない。

(2) また、昭和五九年七月一七日付の根抵当権設定契約(第一次根抵当権)の際には、「大きな金額やね。今まで、こんな大きな金を借りたことない。」などと、借入額の四一五〇万円という金額の大きさをも十分に理解した発言をしているし、また、昭和六〇年一月一一日付の被控訴人信用保証協会との間の根抵当権設定契約の際にも、「今度また四〇〇〇万円を借り入れて大丈夫か。」などと心配していたのであり、右各契約締結当時においては、阿部美代子が、金銭の借り入れ等につき、十分な判断能力を有していたことが認められる。

したがって、仮に、昭和六一年二月一八日付の根抵当権設定契約(本件根抵当権)当時に、阿部美代子が意思能力を有していなかったとしても、前記のとおり(原判決九枚目裏五行目から一〇行目まで)、本件根抵当権設定契約は、実質的には第一次根抵当権についての、極度額の減額変更、根抵当権の一部変更にすぎないのであるから、第一次根抵当権設定契約が有効である以上、本件根抵当権設定契約も有効である。

2. 被控訴人信用保証協会

(一)  本件根抵当権設定契約当時、阿部美代子は、正常な意思能力を有していたから、右契約は有効である。

すなわち、千島医師の診療録(甲第一二号証の一、第一五号証の一ないし七)によれば、昭和五八年八月一三日に脳循環障害の、昭和五九年六月一日にパーキンソン氏病の、各診療開始の記録はあるが、その時期に精神異常や異常行動の記録はないし、健忘症についても昭和六一年六月頃から記載があるにすぎず、痴呆に関しては、同年四月から記録があるが、軽度のものであり、それ以前は、物忘れがひどく、歩行等についての障害が認められるというだけである。

また、本件根抵当権設定契約に関して、被控訴人信用保証協会から阿部美代子に宛てて送付した意思確認書(乙第三号証)の阿部美代子の署名は、前記診療録中の同女の署名と同一筆跡であることから明らかなように、本人の自署であるから、昭和六〇年当初の時期には、同女の健忘症もそれほどひどいものではなく、痴呆もまだ発症していなかったものである。

したがって、本件根抵当権設定契約当時、阿部美代子は、正常な意思能力を有していたものと認めるべきである。

(二)  その他の主張については、前記被控訴人第一勧業銀行の主張を援用する。

3. 被控訴人株式会社コミティ

(一)  限定承認制度は、債務の過大な相続から相続人を守るため、本来相続人の負うべき相続債務の無限責任を、相続財産を限度とする有限責任に転換するためのものである。

阿部寛は、自分が自殺すれば、生命保険金一億八五〇〇万円が入り、それで債務を完済し、なお六五〇〇万円が残ると考えていたものであり(戊第四号証)、実際に、阿部寛の相続について限定承認がなされた結果、控訴人らは、一億二〇〇〇万円の相続債務を免れたうえ、右保険金を取得し、結局三億円余の利益を得た。また、阿部寛は、原判決添付別紙物件目録記載の(三)の建物の店舗部分を、焼き鳥屋からアイスクリーム店に改装し、控訴人阿部吉雄がその後を承継したが、この利益も、控訴人らが限定承認をすることによって維持できる。そのうえ、控訴人らは、阿部美代子の所有財産をも代襲相続によって取得した。

その結果、控訴人らは、限定承認をすることによって、多大な利益を得、法が限定承認制度に予定した以上に保護されることになった。

右のような事情からすれば、控訴人らが限定承認をしたからといって、阿部寛の無権代理行為につき、追認を拒絶することを認めるべきではない。

(二)  阿部美代子は、昭和五五年に有限会社あざみの取締役に就任しているところ、会社の経営は阿部寛に任せていたのであるから、会社の経営に必要な範囲で、本件物件に抵当権を設定する権限も阿部寛に与えていたものである。

三、被控訴人らの主張に対する認否

いずれも争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、当裁判所も、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却し、被控訴人株式会社コミティの反訴請求を認容すべきものと認定判断するが、その理由は、以下に訂正、付加するほかは、原判決の理由記載のとおりであるから、これを引用する。

1. 原判決一八枚目裏九行目の「(三)の事実」の次に「、並びに、その際、寛は、あざみが、被控訴人信用保証協会に対し、右信用保証委託契約に基づき負担する債務の担保のため、美代子所有の本件(一)ないし(三)の物件につき、極度額三五〇〇万円の根抵当権を設定することとし、その旨の昭和六〇年一月一一日付根抵当権設定契約証書(乙第一号証)の根抵当権設定者の署名押印欄に、美代子の署名押印を代行する方法により、美代子を代理して、右根抵当権設定契約を締結したこと」を加える。

2. 同二三枚目表二行目の「甲一二の一」の次に「、一六」を加える。

3. 同二七枚目裏六行目の「証拠はない」の次に「から、美代子と被控訴人信用保証協会との間の前記昭和六〇年一月一一日付根抵当権設定契約は、寛が、美代子の意思に基づかないで、同女を代理して締結したもので、寛の無権代理行為によるものであるというべきである」を加える。

4. 同二七枚目裏七行目を削除する。

5. 同二七枚目裏八行目の次に、改行して、次のとおり加える。

「1. 設立に争いのない丙第一ないし第四号証、第一四号証の四、第一五号証の三、五、第一六号証の三、第一八号証の四、第一九号証の二ないし四、原審証人相園秀之の証言及び弁論の全趣旨により成立の認められる(但し、阿部美代子作成名義部分を除く)丙第八、第一二、第一三号証、第一四号証の一、二、第一五号証の一、第二三号証(丙第一二、第一三号証、第一四ないし第一五号証の各一の各官署作成部分の成立は争いがない)、弁論の全趣旨により成立の認められる丙第一六号証の一、二、四、成立の真否は別として、丙第七、第九、第一〇、第一一号証、第一四号証の三、第一五号証の二の各存在、原審証人相園秀之の証言並びに弁論の全趣旨によれば、寛は、昭和五九年七月頃、被控訴人第一勧業銀行から、あざみの営業資金として、本件(一)ないし(三)の物件ほか美代子所有の不動産に根抵当権を設定して、阿部美代子の名義で四一五〇万円を借り入れていたが、昭和六一年に、本件物件以外の美代子所有の不動産の一部を売却して、その代金で、右四一五〇万円の借入金を一旦返済したうえ、改めて、被控訴人第一勧業銀行から、あざみの営業資金として二〇〇〇万円を借り入れることとし、同年二月一八日付で、本件(一)ないし(三)の物件に抗弁2(一)記載の極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定したうえ、美代子名義で、抗弁2(三)(四)のとおり、二回に分けて合計二〇〇〇万円を借り入れたこと、右借り入れについての根抵当権設定契約及び金銭消費貸借契約は、それぞれ阿部美代子作成名義の昭和六一年二月一八日付根抵当権設定契約証書(丙第九号証)、同日付金銭消費貸借契約証書(丙第一〇号証)及び同月二八日付金銭消費貸借契約証書(丙第一一号証)の根抵当権設定者及び債務者の署名押印欄の美代子名義の署名押印を、寛が代行する方法により、寛が美代子を代理して締結したものであることが認められる。」

6. 同二七枚目裏九行目冒頭の「1」を「2」と、同二八枚目表六行目の冒頭の「2」を「3」と、同一〇行目冒頭の「3」を「4」と、同裏一行目冒頭の「4」を「5」と各改める。

7. 同二八枚目表一一行目の「証拠はない」の次に「から、美代子と被控訴人第一勧業銀行との間の前記昭和六一年二月一八日付根抵当権設定契約、同日付金銭消費貸借契約及び同月二八日付金銭消費貸借契約は、いずれも、寛が、美代子の意思に基づかないで、同女を代理して締結したもので、寛の無権代理行為によるものであるというべきである」を加える。

8. 同二八枚目裏七行目を削除する。

9. 同二九枚目裏九行目の「証拠はない」の次に「から、美代子と被控訴人楠との間の前記各抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約は、いずれも、寛が、美代子の意思に基づかないで、同女を代理して締結したもので、寛の無権代理行為によるものであるというべきである」を加える。

10. 同三〇枚目表五行目を削除する。

11. 同三〇枚目表七行目の次に、改行して、次のとおり加える。

「 被控訴人株式会社コミティ代表者小林光治本人尋問の結果(原審)により成立の認められる戊第一、第二号証(戊第一号証については、美代子作成名義部分は除く。なお、官署作成部分の成立は争いがない。)、右小林光治本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、あざみは、昭和六〇年一一月二〇日当時、被控訴人株式会社コミティに対し、一九二五万円の商品買掛代金債務を負担していたので、その頃、寛は、右債務の支払につき、寛個人が連帯保証をするとともに、右債務の支払のためにあざみが同被控訴人に対して振り出した約束手形の支払期日にその支払をなすことを確約する旨の覚書を同被控訴人に差し入れていたが、その後、あざみは、益々資金繰りが逼迫したため、寛は、昭和六一年四月頃、同被控訴人に対し、美代子所有の不動産を担保に入れるから、更に融資枠を三〇〇〇万円まで増やして、資金援助をしてほしい旨申し入れてきたため、同被控訴人も、これを承知したところ、寛は、昭和六一年四月一九日付で、本件(一)ないし(三)の物件につき、あざみを債務者とし、美代子を根抵当権設定者として、極度額三〇〇〇万円とする根抵当権を設定し、かつ、本件(三)の物件につき、右根抵当権の確定債権の債務不履行を停止条件とする条件付貸借権を設定する旨の根抵当権設定契約証書(戊第一号証)の根抵当権設定者の署名押印欄に、美代子の署名押印を代行する方法により、美代子を代理して、同被控訴人との間で、右各契約を締結したことが認められる。」

12. 同三〇枚目裏一〇行目の「証拠はない」の次に「から、美代子と被控訴人株式会社コミティとの間の前記各根抵当権設定契約及び停止条件付賃借権設定契約は、いずれも、寛が、美代子の意思に基づかないで、同女を代理して締結したもので、寛の無権代理行為によるものであるというべきである」を加える。

13. 同三一枚目表七、八行目を削除する。

14. 同三一枚目表九行目から三四枚目裏一〇行目までを次のとおり改める。

「六、本人と無権代理人の双方相続或は信義則等による無権代理行為有効の主張について

1. 以上のとおり、阿部美代子は、被控訴人らとの間の本件根抵当権設定等の各契約の締結に際し、意思能力を有せず、かつ、阿部寛に対し、右各契約の締結についての代理権を授与したこともなかったことになるから、阿部寛が、阿部美代子の代理人として締結した右各契約は、すべて阿部寛の無権代理行為であるといわなければならない。

2. 阿部寛が昭和六一年九月一日に死亡したことは前記認定のとおりであり、成立に争いのない甲第六、第一七号証及び弁論の全趣旨により、控訴人らと阿部寛の妻の訴外阿部和子が、阿部寛の共同相続人となったが、同年一一月四日に、神戸家庭裁判所において、阿部寛の相続につき限定承認の申述をしたこと、その後、阿部寛の母である阿部美代子が昭和六三年一〇月四日に死亡し、控訴人らが、阿部寛の代襲相続人として、阿部美代子の共同相続人となったこと、以上の事実が認められる。

3. そうすると、控訴人らは、本件無権代理行為について、本人である阿部美代子と無権代理人である阿部寛の双方を相続したことになったものであるが、無権代理人が本人を相続し、本人と代理人の資格が同一人に帰するにいたった場合には、信義則上、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生ずるものであるところ、無権代理人を相続した者は、無権代理人の法律上の地位を包括的に承継するのであるから、一旦無権代理人を相続した者が、その後本人を相続した場合においても同様に解すべきであって、もはや本人の資格において無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、無権代理行為は当然に有効となるものと解すべきである(最高裁昭和四〇年六月一八日判決・民集一九巻四号九八六頁、同昭和六三年三月一日判決・判例時報一三一二号九二頁)。したがって、本件においては、控訴人らは、本人である阿部美代子の資格において、本件無権代理行為について追認を拒絶することはできず、本件無権代理行為は当然に有効となったものというべきである。

4. 控訴人らは、控訴人らが本件無権代理行為の本人である阿部美代子と無権代理人である阿部寛の双方を相続したとしても、前記のとおり阿部寛の相続については限定承認をしたから、本人である阿部美代子の相続人として、本件無権代理行為の追認を拒絶できると主張する。

しかし、限定承認の場合も、控訴人らが、阿部寛の相続人として、同人の権利義務や法律上の地位を包括的に承継することには変わりはなく、ただ、被相続人の債務についての責任を相続財産の限度にとどめさせるにすぎないから、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生ずるという点では、単純承認の場合と異なるところはないというべきである。」

二、被控訴人らの主張について

1. 被控訴人信用保証協会及び同第一勧業銀行は、本件各根抵当権設定契約締結当時、阿部美代子は、意思能力を有していた旨主張し、また、被控訴人第一勧業銀行は、仮に本件根抵当権設定契約当時阿部美代子が意思能力を有していなかったとしても、昭和五九年七月一七日の第一次根抵当権設定契約当時は意思能力を有していたから、その一部変更契約にすぎない本件根抵当権設定契約は有効である旨主張するが、阿部美代子が、遅くとも昭和五八年一一月一一日の時点で、脳の循環障害のため、財産の処分等に関する意思能力を喪失し、その後、病状は回復せず、本件各根抵当権設定契約及び被控訴人第一勧業銀行との間の第一次根抵当権設定契約当時において、意思能力を欠いていたものであることは、原判決の理由の説示(原判決一九枚目表一〇行目から二七枚目裏四行目まで)のとおりであって、右被控訴人らの主張は採用できない。

2. 被控訴人株式会社コミティは、阿部美代子は、昭和五五年に有限会社あざみの取締役に就任した後、会社の経営は阿部寛に任せていたから、会社の経営に必要な範囲で、本件物件に抵当権を設定する権限も阿部寛に与えていたと主張する。

前出甲第八号証、成立に争いのない丙第六号証の二及び原審証人長嶋美年子の証言によれば、阿部美代子が昭和五五年当時から昭和五七年一月三一日まで有限会社あざみの取締役の地位にあったこと、実際は、阿部美代子は、昭和五一年以前は同会社を経営していたが、同年以降は、阿部美代子は会社経営から退き、代わって阿部寛が同会社を経営していたことが認められるが、そうであるからといって、阿部美代子が阿部寛に本件物件に抵当権を設定する権限を与えていたものと認めることはできず、ほかに右被控訴人株式会社コミティの主張を認めるに足りる証拠はないから、右主張は理由がない。

三、控訴人らの主張について

1. 控訴人らは、阿部寛の相続については限定承認をしたから、本人である阿部美代子の相続人として、本件無権代理行為の追認を拒絶できると主張するが、既述のとおり(原判決三一枚目表九行目以下。但し、前記訂正後の部分。)、限定承認の場合も、被相続人の権利義務や法律上の地位を包括的に承継することには変わりはなく、本人と代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生ずる点では、単純承認の場合と異なるところはなく、無権代理行為は当然に有効となるものと解すべきものである。

2. 控訴人らは、控訴人ら阿部寛の相続人は、阿部寛が無権代理人の履行又は損害賠償の責任(民法一一七条)に基づいて負うべき債務を承継するが、限定承認をすることにより、右債務についても、阿部寛の相続財産の限度で責任を負うものであるところ、本件物件は、阿部寛の相続財産には含まれず、控訴人らが、代襲相続により、阿部美代子から直接に取得した固有財産であるから、阿部寛の無権代理人の責任による債務の履行に当てられるべきものではないと主張するが、それは、阿部寛の相続債務の履行の問題であり、そのことと、本件物件についてなされた阿部寛の無権代理行為について、本人と無権代理人の資格が同一人に帰したことにより、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じ、本人の資格において無権代理行為の追認拒絶をすることができなくなるということとは、別個の問題であって、本件物件が阿部寛の相続財産に含まれないとしても、右の点に差異を来すものではなく、その結果、本件物件についてなされた無権代理行為が有効なものとなれば、阿部寛に無権代理人としての責任が生ずる余地がなくなるだけのことにすぎないというべきである。

また、控訴人らは、民法九二五条の、相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなすという規定の趣旨は、無権代理人の相続人が限定承認をし、その後更に無権代理行為の本人を相続した場合に類推適用され、本人が自ら法律行為をしたと同様の法律上の地位ないし効果を生ずることはなく、相続人は本人の資格で、無権代理行為の追認を拒絶することができると解すべきであるとも主張するが、民法九二五条は、限定承認により、相続財産を相続人の固有財産から分離して清算するために、相続人の被相続人に対する権利義務を、相続による混同によって消滅しないこととするものであるところ、限定承認をした相続人が、その被相続人がした無権代理行為の本人を更に相続した場合の地位ないし法律関係は、限定承認がなされた相続の相続財産の清算とは無関係であるから、これについて民法九二五条の規定の趣旨を類推適用すべきものとはいえず、右規定を根拠に、無権代理行為の無権代理人と本人の双方を相続した者が、無権代理人の相続について限定承認をした場合には、その無権代理行為の追認を拒絶できるとする控訴人らの右主張は理由がない。

3. 付言すると、本件物件は、控訴人らがもともと阿部寛の相続とは無関係に所有していた固有財産ではなく、元来、阿部美代子から阿部寛が相続すべき財産を同人に代襲して相続したものであることを考慮すれば、本件物件について無権代理行為をした阿部寛が自ら本人である阿部美代子を相続した場合と同様に、阿部寛の相続人である控訴人らが、限定承認を理由に追認を拒絶することは信義則上許されないものというべきである。

4. 控訴人らは、阿部美代子が、訴訟承継前の旧原告として、本件無権代理行為の相手方である被控訴人らに対し、本件訴訟を提起したことにより、本件無権代理行為につき追認を拒絶する旨の意思表示をしたとし、これにより本件無権代理行為は本人に効力を生じないことが確定した旨主張する。

阿部美代子が、訴訟承継前の旧原告として、昭和六二年七月七日に、被控訴人らを被告として、本件各登記の抹消登記手続を求める本件訴訟を提起したことは、本件手続上明らかであるところ、原判決事実摘示のとおりの攻撃防禦方法のうち、無権代理行為関係ではその効力が阿部美代子に生ずることを否定する趣旨を含むものであるから、これによって、阿部美代子は、被控訴人らに対し、本件無権代理行為につき追認拒絶の意思を表明しているものと認めることができる。

しかし、前述のように、無権代理人が本人を相続し、或は、一旦無権代理人を相続した者が、その後本人を相続することにより、本人と代理人の資格が同一人に帰するにいたった場合には、信義則上、本人がみずから法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じ、もはや本人の資格において無権代理行為の追認を拒絶する余地はなく、無権代理行為は当然に有効になるものであるから、本人が訴訟上の攻撃防禦方法のなかで追認拒絶の意思をも表明していると認められる場合であっても、その訴訟係属中に本人と代理人の資格が同一人に帰するにいたった場合、無権代理行為は当然に有効となるものと解すべきである。

四、以上の理由により、原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 高橋史朗 松村雅司)

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